AIがつなぐ千種の未来 ちくさええとこバスが走り始めた
朝霧に包まれた千種の里山に、小さなバスがゆっくりと現れた。2月の冷たい空気の中、乗客を待つその車両には「ちくさええとこバス」の文字。これは単なる交通手段の誕生ではない。地域が抱える移動の困難を解決し、新たなつながりを生み出す挑戦の始まりだ。
宍粟市千種地域は、高齢化率が50%を超える典型的な過疎地域。かつては路線バスが生活の足だったが、利用者減少により2025年4月の大幅な減便が決まっていた。そんな中、地域住民の手で立ち上げられたのが「ちくさええとこ協議会」。国の補助金を活用し、昨年9月から実証運行を開始。12月末までの4か月間で184便を運行し、延べ37人が利用。1便あたりの乗車率は2.03人と、新たな交通需要の芽が見え始めた。
AIが生み出す新たな移動の形
このバスの最大の特徴は「AI運行システム」の導入だ。従来のデマンド交通では、利用者が希望する時間に車両を手配するため、コストがかさむ課題があった。しかし、ちくさええとこバスではAIが複数の利用者の予約情報を分析し、最適な配車ルートを自動作成。利用者の希望乗車時間を調整しながら、効率的な乗合いを実現する。
「実は最初はAIに不安を感じる人も多かったんです」と語るのは、協議会の担当者。「でも実際に使ってみると、予想以上に便利。1時間前までに電話やWebで予約すれば、希望の時間に近い形で乗車できるんです」
地域の声が形にするサービス
実証運行中に実施された利用者アンケートでは、「移動の自由度が増した」「病院通いが楽になった」といった声が多数寄せられた。特に印象的だったのは、80代の女性の言葉だ。
「息子家族が遠方に住んでいて、なかなか会いに行けなかった。でもこのバスができて、少しずつ外出する機会が増えた。AIが時間を調整してくれるから、無理なく利用できるんです」
この声を受け、協議会は運行時間帯の拡大や、観光地へのアクセス強化を検討中。「地域の高齢者だけでなく、観光客にも使ってもらいたい」と、新たな展望を語る。
春の訪れとともに
ちくさええとこバスの本格運行開始は、ちょうど春の訪れと重なった。千種地域は揖保川・千種川の清流が育むアマゴ釣りのメッカ。2月下旬から解禁を迎え、例年多くの釣り人で賑わう。
「このバスがあれば、釣り人も手軽にアクセスできる。地元の旅館や飲食店にとっても、新たなお客様を呼ぶチャンスになる」と、地域経済の活性化にも期待がかかる。
また、近隣の温泉施設との連携も進んでいる。「早く決めた人から得をする、春旅。」と銘打ったキャンペーンでは、バス利用者限定の割引プランを用意。地域の魅力を余すところなく味わえる仕掛けだ。
つながりが生む新たな価値
AI運行システムの導入は、単なる技術の導入にとどまらない。地域住民同士の新たな出会いを生み出す場にもなっている。バスの中で隣り合った見知らぬ人が、共通の話題で盛り上がる。そんな光景が日常的に見られるようになった。
「最初はただの移動手段だったのが、今では地域コミュニティの場にもなってきたんです」と、協議会のメンバーは目を細める。「高齢者同士が世間話をしたり、若い世代が地域のことを学んだり。そんな風景が広がっています」
未来への挑戦
ちくさええとこバスは、単なる交通手段を超えた価値を生み出しつつある。AI技術と地域の知恵が融合し、持続可能な移動の形を模索する実験場ともなっている。
今後の課題は、利用者のさらなる拡大と、運行の効率化。協議会では、LINEやインターネットからの簡単予約システムの導入を進め、利便性向上に取り組む。また、地域の観光資源を生かした周遊プランの開発も視野に入れる。
「このバスが、千種の新しい魅力になる。そんな未来をみんなで作っていきたい」。協議会の思いは、利用者一人ひとりの笑顔に表れている。
朝霧に包まれた千種の里山。小さなバスは今日も走り続ける。そこには、AIと人の温もりが織りなす新たな物語が広がっている。
取材協力: 宍粟市、ちくさええとこ協議会 写真提供: ちくさええとこバス運行事務局