唐津の未来、タッチひとつで開く
港町唐津の朝は、いつも潮の香りとともに始まる。しかし今日の朝は、少しだけ違う空気が漂っていた。2026年2月3日、唐津市のMaaS推進事業「stera transit」の実証実験が始まったのだ。これまでの現金や切符ではなく、タッチひとつで乗れる高速バスや離島航路。まるで未来の世界に足を踏み入れたような感覚だ。
MaaSとはMobility as a Serviceの略で、公共交通とデジタル技術を融合させた新しい移動手段の概念だ。唐津市の取り組みは、国土交通省の「日本版MaaS推進・支援事業」に採択され、昭和自動車、佐賀玄海漁業協同組合、唐津市、三井住友カード、佐賀銀行、ニモカ、ジェーシービー、QUADRACなど10団体が連携して進めている。
実証実験の対象は、唐津市と福岡市を結ぶ高速バス「からつ号」と「ドリームラインたかし」、そして呼子や加唐島、七ツ釜などを結ぶ離島航路だ。利用者は手持ちのタッチ決済対応カードやスマートフォンを専用端末にかざすだけで乗車・乗船が可能となる。事前の現金準備やチャージが不要になるため、国内外の観光客にとってスムーズな移動環境が整う。
「本当にこれだけで乗れるんですか?」 実証実験初日、唐津駅前でタッチ決済を試した観光客の女性は驚きの声を上げた。「スマホ決済は日常的に使っているけど、バスや船で使えるとは思わなかった。これなら旅行中の小銭の心配もいらないし、とても便利」と笑顔を見せた。
この取り組みの背景には、唐津市が抱える交通課題がある。唐津市は佐賀県の北西部に位置し、玄界灘に面した美しい港町だ。呼子のイカ、虹の松原、名護屋城跡など観光資源は豊富だが、一方で公共交通の利用者減少や高齢化による運転手不足といった課題を抱えている。
「地域の交通を守りながら、観光客にもっと来てもらいたい」 唐津市の担当者は事業の狙いをこう語る。確かに、現金や切符が不要になることで、訪れるハードルが下がる。特に海外からの観光客にとっては、言葉の壁や通貨の違いといった不安が解消される大きなメリットだ。
実証実験では、タッチ決済だけでなく総合交通アプリ「Pass Case」による企画券の販売も開始される。例えば、高速バスと離島航路を組み合わせた周遊券や、観光施設とのセット券など、地域の魅力を存分に楽しめるプランが用意される予定だ。
「これまでバスや船は別々に利用することが多かったけど、これからはもっと自由に移動できるようになる」 昭和自動車の運転手は期待を込めて語った。離島航路を運航する佐賀玄海漁業協同組合も同様の思いを抱いている。「呼子のイカを食べに来た観光客が、そのまま加唐島で海水浴を楽しむ。そんな新しい旅の形が生まれるかもしれない」
MaaSの導入は、単なる技術革新にとどまらない。地域の交通インフラを維持・発展させながら、新たな観光需要を創出するという、まさに一石二鳥の取り組みだ。唐津市の挑戦は、他の地域のモデルケースとなる可能性を秘めている。
実証実験は2026年2月から開始され、1年間を予定している。その間に利用者の声を聞きながら、より使いやすいシステムを目指して改善を重ねていく。そして2027年以降、本格的な運用開始を目指す。
港町唐津の未来は、タッチひとつで大きく変わろうとしている。現金や切符のいらない移動手段は、観光客にとっても地元住民にとっても、暮らしを豊かにする新しい選択肢となるだろう。この冬、唐津を訪れた際には、ぜひ最新のMaaSを体験してみてほしい。きっと、これまでとは違う唐津の魅力に気づくはずだ。