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バスが運ぶ民主主義 石巻の「移動式投票所」が変える地方の選挙

バスが運ぶ民主主義 石巻の「移動式投票所」が変える地方の選挙

冬の朝日が牡鹿半島の海岸線を照らし始めた頃、小さなバスが集落の集会所前にゆっくりと停まった。車内から降り立ったのは、投票箱を抱えた選挙管理委員と立会人。ここが今日一日限りの「投票所」だ。

「おはようございます。期日前投票、よろしければどうぞ」

車椅子を押したお年寄りがゆっくりとバスに乗り込む。車内には簡易の机と椅子、そして赤い布で覆われた投票箱。これが石巻市の「移動式期日前投票所」だ。

遠くて行けない――その声から生まれたアイデア

石巻市は東日本大震災で壊滅的な被害を受けた沿岸部と、内陸部が入り組んだ地形を持つ。特に牡鹿半島や雄勝地区は、最寄りの投票所まで数十キロ、公共交通機関も限られる。震災後に高齢化が進み、投票に行けない住民が増えた。

「震災前から投票率は下がっていたけど、震災後は特に高齢者の投票率が急落した。『遠くて行けない』『誰かに連れて行ってもらわないと』という声が多かった」と、石巻市選挙管理委員会の担当者は振り返る。

2022年の参議院選挙で試験的に始まった移動式投票所。最初は牡鹿地区の数カ所だけだったが、反響は大きかった。特に「助かった」「投票できてよかった」という高齢者の声が、担当者の背中を押した。

車内で投票、立会人が最後部座席から見守る

移動式投票所のバスは、普通の路線バスを改造したもの。車内には記入台と投票箱が設置され、立会人は最後部の座席から全体を見守る。投票の手順は通常の投票所と同じ。投票所入場券と身分証明書を持参し、宣誓書に記入して投票する。

「車内は密閉されるから、プライバシーは確保されている。投票の公正さも立会人が保証する」と担当者。バスは各集落を回り、1カ所あたり数時間停車する。住民は好きな時間に投票できる。

「助かります、本当に」――住民の声

2月の県知事選挙の際、牡鹿半島の狐崜浜集落で取材した。午前9時の受け付け開始と同時に、住民が次々とバスに訪れた。

「助かりました、助かります、とっても。歩くのがね、足(交通手段)がないから、誰かに乗せてもらえばだけどね。行かなくなってしまうんだよね」

80代の女性はそう語り、ゆっくりと投票用紙に記入した。隣にいた70代の男性も「車で10分のところに投票所があるけど、免許を返納してからは不便だった。バスが来てくれてありがたい」と話す。

コロナ禍での進化 バス確保の難しさ

移動式投票所はコロナ禍でさらに重要性を増した。密を避けられる上、高齢者が公共交通機関や人混みを避けて投票できるからだ。

しかし、2026年の衆議院選挙では新たな課題が浮上した。「投開票までの日程が短く、バスの確保が困難だった」(担当者)。

通常、移動式投票所ではバスを1台確保すれば複数の集落を回れる。しかし、今回は準備期間が短く、本来必要な台数を確保できなかった。そのため、牡鹿地区では集会所などに臨時の期日前投票所を開設することになった。

「バスでの巡回は理想だけど、現実にはさまざまな制約がある。それでも、できる限りのことをしたい」と担当者は語る。

数字で見る効果

石巻市の移動式投票所導入による投票率への影響は顕著だ。

  • 2022年参議院選挙(試験導入):牡鹿地区の投票率は前回比3.2ポイント増
  • 2025年市長選挙(本格導入):市全体の期日前投票率は前回比8.7ポイント増
  • 2026年県知事選挙:移動式投票所を利用した有権者は約2,500人

特に効果が大きいのは75歳以上の高齢者層で、期日前投票率が15ポイント以上増加した集落もある。

他の自治体への波及効果

石巻市の取り組みは、他の自治体からも注目されている。

「同じような地理的条件の自治体から問い合わせが増えた。バスを使った移動式投票所は、コストも比較的かからず、すぐに真似できる」と担当者。

宮城県内では登米市や気仙沼市が同様の取り組みを始め、全国でも過疎地域を抱える自治体から視察が相次ぐ。

投票日当日の「移動支援」

期日前投票だけでなく、投票日当日の支援も行っている。

「投票日は期日前投票ほど時間に融通が利かないから、移動支援が重要になる」

石巻市では投票日に一部地域で無料の送迎バスを運行。高齢者や障害者が投票所まで無料で移動できる仕組みだ。また、ボランティアによる「投票サポート」も行い、歩行が困難な人を投票所まで手助けする。

民主主義の根幹を支える小さなバス

移動式投票所のバスが集落を離れると、住民から手を振る姿が見えた。「投票に来てくれてありがとう」「また来月ね」――そんな声が聞こえてきそうだ。

石巻市の取り組みは、単なる投票率向上策ではない。高齢化や過疎化が進む地方で、民主主義の根幹を支える仕組み作りだ。

「投票は市民の基本的な権利。それを奪われるのはおかしい。どんなに遠くても、どんなに歩けなくても、投票できるようにするのが行政の役割」

担当者の言葉が重く響く。

あなたもできること

石巻市の移動式投票所は、まだまだ進化の途中だ。バスの台数拡充、巡回地域の拡大、さらには「移動式投票所」の認知度向上が課題だ。

あなたもできることはある。

  • 地元の選挙管理委員会に「移動式投票所」の導入を提案する
  • 投票に行きにくい人を手助けするボランティアに参加する
  • 選挙の大切さを周囲に伝える

小さなバスが運ぶのは、投票箱だけではない。民主主義の未来だ。

バス内の投票風景

バスの外観

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