引退競走馬が紡ぐ、江北町の心のリハビリテーション
佐賀平野の風に乗って聞こえてくるのは、蹄(ひづめ)の軽やかな響き。
江北町のB&Gグラウンドで昨年開催された「ウマコネクション」では、引退した競走馬が流鏑馬の的を鮮やかに射抜いた。観客の沸き立つ歓声に包まれながら、かつてのレースホースは悠々と疾走する。彼らに新たな役割を与えたのは、「CLUB RIO」代表の永松良太さんだ。
「競走馬の98%が引退後に命を全うできない現実を知ってほしい」
永松さんが語る数字に、会場の空気が一瞬凍りつく。生産頭数8,000頭のうち、年間約7,000頭が用途変更届を出されるという業界の闇。競走馬としてのキャリアを終えた瞬間に、彼らの生存率は1%程度にまで急降下する現実を、永松さんは10年間かけて変えようとしている。
故郷・江北町に戻ったきっかけは「馬と人間が対等に暮らせる居場所」を作りたいという思いから。2008年に始めたCLUB RIOの活動は、ホースセラピー研究を核に、地域社会の課題解決へと発展していく。
メンタルヘルスケアの現場では驚くべき効果が報告されている。週1回馬との触れ合いプログラムに参加した会社員は「3ヶ月で抗不安薬の服用量が半減した」、不登校の少年は「馬の体温に触れて初めて他者と目を合わせられるようになった」という事例が蓄積されている。
「馬は人間の感情を鏡のように映し出す」と永松さんは説明する。競走馬として訓練された繊細な感覚が、逆に人の心の揺らぎを感知する能力に転じているというのだ。療法馬として活躍する元競走馬のミカン畑でのんびり草を食む姿は、どこか誇らしげに見える。
江北町役場の支援も活動を後押しする。2025年度から始まった補助金制度は、全国でも珍しい「人と馬の共生病院」構想の礎となっている。町民健康課の担当者は語る。「医療費削減効果を試算したところ、10年間で最大2億円の効果が見込めます」
155年ぶりに復活した流鏑馬イベントは、伝統文化の継承と引退馬活用を結びつけた画期的な試みだ。的を射るたびに観客から湧き上がる拍手は、馬たちにとって最高のご褒美。永松さんが監修した馬専用マッサージルームでは、イベント後の疲れを癒すセラピストが待っている。
持続可能性への挑戦もユニークだ。馬ふん堆肥「RIOブランド」は地元農家で大人気。佐賀牛の飼料用稲作に活用され、ふたたび循環型牧場の理想を実現しようとしている。
「馬があなたの人生を変えるかもしれない」
今月末にはホースセラピー体験会が開催予定だ。江北町の豊かな自然に抱かれながら、競走馬の第二のキャリアに触れてみてはどうだろうか。かつてのスピードスターたちが、今度は人の心を癒すヒーラーへと生まれ変わっている。