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住宅街の奥で響く、BUTOHの呼吸

住宅街の奥で響く、BUTOHの呼吸

札幌市西区。多くの人が抱くイメージは、ゆったりとした住宅地、子育てに優しい街並み、あるいは西町や琴似の賑わう商店街だろう。ところが、その日常の風景のすぐ裏側で、世界の現代芸術シーンと直結する「音」が響いていることをご存知だろうか。それは、肉体が重力と対話し、言葉以前の叫びを湛える「舞踏(BUTOH)」の呼吸音である。

寒さが厳しくなるこの季節。外気が冷えるほどに、人は自らの内面や「身体」の実感を求めるようになる。まさにそんな時節にこそ、西区を拠点に活動する森嶋拓氏が切り拓く「体現する身体表現」は、静かで、しかし確かに私たちの神経を震わせるだろう。

森嶋さんが暗黒舞踏というジャンルと深く関わるようになってから、今年で十二年。札幌市琴似にある「CONTE-SAPPORO Dance Center」を拠点に、彼はただ踊る者としてではなく、一人のプロデューサーとして、舞踏の敷居を大胆に下げてきた。

森嶋拓氏のプロフィール画像

「最初はただの掛け算イベント野郎だった」。本人がそう振り返るように、約十年前、コンテンポラリーダンスと舞踏、ボディワークを掛け合わせたダンスセンターが生まれると、森嶋さんは酒とダンスを融合させた企画や、カフェやギャラリーを舞台にした実験的な公演を仕掛けていった。型破りなアプローチの裏には、明確な哲学がある。それは「身体感覚の回復」だ。デジタル情報が溢れ、感覚が画面の向こう側へ奪われていく現代において、自らの足で地面を踏みしめ、重力を受け止める行為そのものが、ある種の抵抗であり、再生の儀式となる。

森嶋さんが手がけた著書『読む舞踏BAR』は、単なる活動記録ではない。プロデューサーとしての思考の軌跡であり、「なぜ今、舞踏なのか」「なぜ北海道から世界へ発信するのか」という問いへの、渾身の実践報告書だ。日本発祥でありながら国内ではニッチな分野とされ、むしろ海外で熱狂的に支持されるBUTOHを、あえて日本最北の地・北海道から発信する意義。田仲ハル氏らと試行錯誤を繰り返しながら辿り着いた企画の作り方、実践の中で見えてきた「身体感性」の重要性は、ページをめくるほどに骨の髄まで響いてくる。

彼の取り組みは、決して閉じたものではない。大駱駝艦・天賦典式「クレイジーキャメル」関連のワークショップでは、舞踏の巨匠・麿赤兒氏の言葉を体感する場を提供し、札幌文化芸術劇場との連携レポートを通じて、当日参加できなかった人々へも舞踏の核心を届けている。ニッチな分野をどう広げるか。その答えは、権威に寄りかかることではなく、等身大の身体と向き合う対話の場をいかに設けるかにある。

麿赤兒の舞踏ワークショップの模様

これらは、決して遠いアートの出来事ではない。むしろ、私たちのすぐ隣で、生活の営みと芸術を往還する日常の延長線上にある。教育とアートをつなぐネットワーク事業へも手を広げる森嶋さんの視野は、すでに地域を越え、国際交流の水準に達している。それでも、その活動の根っこはいつだって西区の静かな街角にある。日常の喧騒から一歩足を踏み入れた場所にいるからこそ、見える風景がある。住宅地という「日常」が、前衛芸術を育む「土壌」となる瞬間だ。

冬は内省の季節。チェーン店の新店舗情報や実用的なニュースも確かに生活に欠かせない。しかし、ふと立ち止まり、自分の身体がどう呼吸をしているのかに耳を澄ませてみてはどうだろう。森嶋氏が提案する舞踏の世界は、特別なものではない。ただ、忘れかけていた「生きる実感」を呼び覚ますための、古くて新しい方法論に過ぎない。

今週末、琴似の街へ足を運んでみる。CONTE-SAPPORO Dance Centerの扉を叩くもよし、書籍『読む舞踏BAR』を片手に、冬の夜長に自らの身体の記憶を辿るもよし。北区、中央区とはまた違った、西区が育む前衛の息吹。それはきっと、あなたの日常を少しだけ、奥行きのあるものに変えてくれるはずだ。

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