風車が紡ぐ次の物語
国道9号を走ると、目の前の風景がぱっと開ける。日本海を望む北栄町の北条砂丘。そこに、高さ103.5メートルの風車が9基、風に揺られながら静かに回っている。春の新緑、夏の青空、秋の黄昏、冬の雪景色——季節ごとに表情を変えるこの景観は、地元の人々にとっては当たり前の日常だが、通りがかるドライバーにとっては、鳥取県のシンボルとして記憶に刻まれる瞬間だ。
しかし、この風車が「あと10年」回り続けるというニュースが、昨年、地元を驚かせた。もとは2026年3月末で稼働を終え、撤去される方針だった。老朽化が進み、維持コストもかかる。行政としての判断は理にかなっていた。だが、その方針が一転——民間企業へ無償譲渡され、継承されることが決まったのだ。
追加取材で見つかったのは、4月1日付で行われた「引き継ぎ式」の様子だ。 手嶋俊樹町長は、記者会見でこう述べた。「撤去は easiest path(最も簡単な道)でした。しかし、地域のシンボルとして、また脱炭素社会への貢献という観点から、地元企業の熱意に応えることにしました」。この一言に、行政の硬さを超えた柔軟さが滲む。
風車は、2000年代初頭に設置された。当時、再生可能エネルギーへの関心が高まる中、北栄町は「 environmental flagship(環境の旗艦)」と位置づけ、電力会社と共同で稼働させてきた。約20年の歳月を経て、設備は老朽化。だが、その間、風車は単なる発電施設ではなく、地域のアイデンティティの一部となった。 Kids が「大きい風車」と指差し、観光客が写真を撮る。その存在は、風景の一部であり、記憶の一滴だ。
なぜ、撤去から継承へと転じたのか。鍵は「事業性」と「地元愛」にある。 pdf資料で指摘されるように、全国では老朽化した風車の撤去が相次ぐ。新潟県上越市では、市内の4基全てを2023年までに撤去し、公園として再生した事例がある。一方、北栄町には、地元企業・株式会社エナテクスが手を挙げた。同社は、 wind turbine のメンテナンス実績を持ち、「脱炭素に貢献したい」と意欲を見せた。町は、事業計画や経営能力を審査し、「継続可能性」を判断。無償譲渡という形で、未来を託すことにした。
この決断は、単なるコスト削減ではない。風車が回り続けることで、売電収入が見込まれ、地域経済への微かな波及効果もある。しかし、それ以上に大きいのは、精神的価値だ。「撤去すれば、風景にポッカリと穴が開く」。手嶋町長の言葉通り、国道9号沿いの景観は、風車がなければ完結しない。季節が巡るたび、砂丘を駆け抜ける風とともに、風車は静止したアートのように佇む。その姿が、北栄町を「ここ」たらしめる。
民営化後、風車は地元企業の手でメンテナンスされ、あと10年は稼働する見込みだ。企業は「地域に根ざしたエネルギー事業」を目指すという。行政から民間へ——この劇的な転換は、地方自治の的一個Template(型)を示す。ハード整備だけではない。ソフトな継承、地域資源の"活かし方"を模索する北栄町の挑戦は、全国の過疎地に響くだろう。
さて、今週末、国道9号をドライブする予定はないか? 北条砂丘に立ち寄り、あの巨大なプロペラがゆっくりと回る様子を見上げてほしい。風車は、自然とhuman endeavor(人間の努力)が交差する場所だ。そして、この10年が終わる頃、また新たな物語が始まるかもしれない。そのとき、私たちはどう選択するか——北栄町の風車は、静かに、しかし力強く問いかけてくる。