神木を舞うわら蛇、知夫村の蛇巻神事に迫る
11月の朝、濃い霧に包まれた山里で聞こえるのは、かけ声と藁を編む音だけ。七尋半(約12メートル)もの巨大なわら蛇が、地区の神木へと運ばれていく。それが知夫里島(ちぶりじま)――人口わずか601人の島根県知夫村で、今も脈々と受け継がれる「蛇巻(じゃーまき)」神事の始まりだ。
知夫村は隠岐諸島で最も小さな有人島。水田が少ないこの島では、古くから放牧が盛んだ。そのため、祭りに使う藁は島では足りず、隣の島根県饭南町から取り寄せているという。豊穣への感謝を形にするのに、わざわざ他地域から材料を調達するその姿勢に、この儀礼に対する純粋な思いがにじむ。
各地区では、朝8時から藁を編み始める。この作業は単なる「準備」ではない。地域の人が集い、手を動かしながら、一年の無事を祈る共同体の時間そのものだ。「まあ、コロナがあったけどね。はっはー」と笑うおばあちゃんの言葉に、どんな困難があっても受け継がれてきた tradition の強さが感じられる。朝早くから集まるのは、毎朝7時の強烈な音量の町内放送で早起き習慣が刷き込まれているから、という地元ならではのエピソードも面白い。
蛇の胴体が完成すると、地区内を3回練り歩き、そして神木へ。ここで決まっているのが「七周り半」という巻き数だ。これは単なる数字ではなく、神聖な循環を象徴する。地区ごとに蛇の顔つきや巻き方が微妙に異なり、それがまた島の多様性を物語る。蛇は水神の化身とされ、春の農耕安全と五穀豊穣、そして厄除け・子孫繁栄を願う。実は「しめ縄の元祖」とも言われるこの習わし、恵みに感謝する日本人の根源的な気持ちが凝縮されているように思う。
小さな島で、地区ごとに少しずつ形を変えながら継承されるこの神事。それは、自然と人間の共生を確かめ合う、静かで力強い一年の締めくくりだ。交通手段はフェリーのみ。船に揺られて辿り着くからこそ、到着した岸辺で見える神木に巻かれたわら蛇は、なおさらありがたく、尊く見える。
今年の蛇巻は既に終わったが、来年11月、この小さな島で繰り広げられる神聖な光景を、ぜひ自分の目で確かめてほしい。朝の霧の中、仙人さながらの神木と大蛇の出会いは、現代の喧騒から離れた、無垢な感謝の証だった。