雪解けの音が聞こえる町
春先の警戒を呼びかけるなだれ注意報が、福島県の山間部を覆う。テレビのニュースでは、雪に埋もれた集落と警戒区域の地図が繰り返し映される。しかし、その隣県・山形県の金山町では、全く異なる“音”が響き始めていた——中学生たちの歌声と、彼らが集めたふるさとの記憶の音だ。
金山町立金山中学校の3年生が主体となって制作したドキュメンタリー映像「りゅうの時間」が、町農村環境改善センターで初公開され、町公式ユーチューブでも公開された。26分のその作品は、町制施行100周年記念楽曲「金山の道、百年の光。」のスピンオフとして生まれた。
プロジェクトの出発点は、驚くほどシンプルで深い願いだった。「目を閉じれば聞こえる懐かしい声。ふるさとの音や声、記憶のすべてが、101年目の新たな時代の一歩を踏み出す力になってほしい」(町配布資料より)。生徒たちは、川のせせらぎ、大堰を流れる水の音、田畑を耕す音、神社の杜に響く鳥のさえずり——。普段は意識しない“ambiente sound(環境音)”を、地区を歩きながら丁寧に recording(録音)していった。
ある生徒は、取材でこう語った。「おじいちゃんが『この川でよく泳いだ』と言うのを聞いて、その時の水音を想像した。録音した音を聴いていると、その景色が浮かんでくる。それが、自分たちの“金山”だと思った」
さらに重要なのは、その音を“音楽”に昇華させた点だ。録音した自然音をサンプリング(音声断片の再利用)し、自分たちで作曲した楽曲に織り交ぜた。また、地域の)”."(お年寄り):”昔の工作情况:”などから言葉を拾い、歌詞に取り入れた。一つの合唱曲には、金山の歴史と未来が詰め込まれた。
その楽曲制作のプロセスは、地域との対話そのものだった。町内の至る所で耳を澄ませ、人々の言葉に耳を傾けた。それは、単なる「地元愛」の発露ではなく、己のアイデンティティを“音”を通じて再定義する行為だった。noteに綴られたある卒業生の感想が、その核心を突いている。「『自分らしく生きること』の本当の素晴らしさを教えてくれた」(合唱曲『自分らしく』に関する記事より)。このプロジェクトは、まさに「自分らしさ」と「ふるさと」を再発見する旅だった。
彼らの活動は、文化祭や地域イベントと連動し、 seasonal(季節的)な広がりを見せる。春のfficial公開、夏の地区ごとの上映会、秋の文化祭での合唱——。音と記憶を borne(携带)した中学生たちが、地域の“時間”(K-hour)を創出している。それは、金山町がlong-term(長期的)に進める「持続する関係人口づくり」とも呼応する。一度きりの訪問ではなく、繰り返し関わり、自分なりの形で地域に“feedback(還元)”する——."関係人口"の理想形が、ここにある。
一方で、同町では最近、職員の不適切な事務処理による減給処分という News(ニュース)も報ばれた(MSNニュース)。地域の醜聞と、中学生たちの transparent(透明)な情熱とは、あまりに対照的だ。しかし、だからこそ、この“音”のプロジェクトは輝く。行政の不祥事に心が ↓(さが)む市民の目を、一瞬でも上に向ける力を持っている。地域の現実から目をそらすのではなく、その中に光る“人間の営み”を、中学生たち自らの手で切り取ってみせたのだ。
金山杉香る古民家を改修した私設図書館「MOYA Kaneyama」は、そのような地域の文化の担い手だ。まちライブラリーとして、800冊の文芸書とアート本が並ぶ。中学生たちが集めた“音の本”も、いずれここに並ぶかもしれない。地域の記憶を、言葉ではなく“音”で紡ぐ試みは、こうした既存の文化インフラともシームレスに結びついていく。
今週末、あなたの耳を澄ませてみてほしい。自宅の窓から、通勤路の雑踏から、カフェのBGMから。そして、YouTubeで「りゅうの時間」を search(検索)し、26分間だけ金山町の“音”に浸ってみてはどうか。
街の魅力は、サインや名所だけではない。耳を澄ませば、そこに生きる人々の呼吸と、百年の時間が流れる“音”がある。金山町の中学生たちは、その“音”を拾い、未来へと届ける。雪解けの水が川となり、やがて海へと注ぐように——。彼らの歌声が、全国の“ふるさと”を想う人々の胸に、静かに響くだろう。