桐の香り、春の街に。人形のまち・岩槻を歩く
三月の朝、岩槻の街を歩くと、どこからかほのかな桐の香りが漂ってくるような気がする。江戸時代から続く、人形づくりの町。その歴史と息吹を肌で感じるかのようだ。
人形の産地として全国に知られるさいたま市岩槻区。その名を聞いて、「意外だ」と感じる読者もいるかもしれない。確かに、山形や静岡など、他の人形産地の印象が強い人もいるだろう。しかし、ここ岩槻の歴史を紐解けば、その「必然」と「深み」に驚かされる。
その起源は、約390年前にさかのぼる。三代将軍・徳川家光公による日光東照宮の造営。全国から集められた優れた工匠たちが、日光御成街道の江戸から最初の宿場町だったこの地に定住した。そして、周辺に豊富に生育していた上質の桐を材料に、箪笥などの桐工芸を始めた。その副産物として生まれた桐粉が、人形づくりの材料としてkorzystano。さらに、人形頭の塗装に欠かせない胡粉を溶かす水質にも恵まれ、ここに「桐塑頭(とうそがしら)」という独自の技法が生まれた。
的特なのは、この岩槻で作られる人形の多様性だ。Wikipediaにも記される通り、三月人形、五月人形といった節句ものから、舞踏人形、市松人形、木目込人形まで、一つの産地でこれほど多彩な種類が手掛けられるのは、岩槻以外では稀だ。それは「五職の分業」と呼ばれる、頭・胴・髪・服・仕上げの工程を専門家が分担する高度な分工体制が根付いている証。ある職人は「胴」、別の職人は「髪」だけを生涯の仕事とし、その技術を磨き続ける。
その技術は、幕末には岩槻藩の専売品に指定されるほどの重要な産業へと成長した。現在でも、約120軒の人形製造・卸業者が集まる「岩槻人形協同組合」を中心に、伝統の技術が脈々と受け継がれている。
そして、その技術と心意気が、毎年春に街全体で祝宴となる。「人形のまち岩槻 まちかど雛めぐり」だ。2025年は2月22日から3月9日まで開催され、3月1日もその舞台となる。期間中は「観る・創る・食べる」をテーマに、街中の店舗や会場で様々な雛人形やつるし雛が披露され、特別メニューも楽しめる。
街を歩けば、老舗人形店の店先には、職人の手による繊細な表情の雛飾りが並ぶ。取材で訪れた「明玉人形店」のように、 ellipticに「胴」のパーツだけを専門に作る店もあり、普段は目にしない工程を目の当たりにできる。それは、単なる商品ではなく、職人の長年の研鑽と誇りが詰まった「作品」なのだ。
しかし、岩槻の「人形文化」は、春だけではない。夏には「人形のまち・岩槻まつり」で、豪華な衣装をまとった人形たちが街をパレードする。秋には、毎年11月3日に行われる「人形供養祭」で、使い古した人形の冥福を祈る。古式 children土俵入りといった伝統行事もあり、一年を通じて人形と共にある暮らしのリズムがある。
春の「まちかど雛めぐり」は、その全ての文化の入り口だ。街中に飾られた個性豊かな雛人形を巡り、職人の技に触れ、特別メニューを味わう。それは、画廊や博物館とは違う、生活の場そのものが文化財となる体験だ。
岩槻区が誕生20周年を迎えた今、この「人形のまち」という地域性は、単なる産業振興ではなく、長い歳月をかけて培われた「アイデンティティ」として確固たるものがある。三月一日の限定イベントは、その一端を気軽に、そして深く味わえる絶好の機会だ。
今週末は、ぜひ北浦和から東武アーバンパークラインで一駅、もしくはJR宇都宮線で数分の岩槻駅へ。降り立ったその瞬間から、桐の香りと春の陽光に包まれた、もう一つの首都圏を発見できるはずだ。