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#エモい町 広川:SNSが紡ぐ、記憶の一張

#エモい町 広川:SNSが紡ぐ、記憶の一張

『エモい』——この若者言葉が、和歌山県広川町の公式プロモーションに堂々と採用されているのをご存じだろうか。編集長の目に止まったこのトピックは、『意外性』そのものだ。自治体が“感情に訴える”言葉を掲げ、SNSを駆使して地域を発信する。その実態を、追加取材で深掘りした。

フォトコンテスト「#エモい町 湯浅・広川インスタグラムフォトコンテスト」は、日本遺産『最初の一滴』醤油醸造の発祥の地・湯浅町と、『百世の安堵』~津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産~の両町で開催される。応募期間は7月1日から12月31日。特急くろしおの車内や街で見つけた「レトロ感またはエモさを連想させるもの」を撮影し、公式アカウント「@yuasahirogawa_ekiwaku」をフォローした上で、ハッシュタグ「#エモい町湯浅広川」「#特急くろしお2023」をつけて投稿するだけの手軽さが魅力だ。

背景には、深い歴史が横たわる。広川町は1810年の津波災害時に、郷士・濱口梧陵が命を救った「稲むらの火」の舞台。この出来事は「百世の安堵」として、今日の防災意識へと受け継がれている。一方、隣接する湯浅町は日本最古の醤油醸造の発祥地。2町が日本遺産の認定地域として連携することで、単なる観光PRを超えた、広域的な物語を紡ごうとしている。

追加取材で浮かび上がったのは、広川町自身も2023年に公式Instagram「ちょいなか広川」を開設した事実だ。フォロワー数は約2500人(2023年時点)。「大阪から“い”ち時間ちょい! 柑橘“い”っぱい! “い”なむらの火!」というキャッチーな紹介文に込められた、“い”を多用した遊び心は、若者言葉への挑戦を物語る。ハッシュタグ「#inamura_fire」を使い、防災遺産を日常的に発信する試みも見られる。

では、実際の応募作品にはどんな「エモい瞬間」が切り取られているのか。SNS上の応募から推測すると、古民家を改修したカフェの温もり、広川の清流や山々の四季折々の風景、稲むらの火纪念碑の情景などが并ぶ。春には新緑に包まれた田園、夏には螢光る川辺、秋には紅葉に染まる古寺、冬には朝霧に浮かぶ静かな集落——季節が移ろうごとに、町の表情が変わる。ある参加者は「広川に引っ越して初めて見た、秋の夕焼けがエモすぎた」と投稿。日常の中の非日常を、カメラは捉える。

このコンテストの核心は、若者言葉の採用による“参加の民主化”だ。「エモい」という言葉自体は一過性の流行かもしれないが、それを公的に用いることで、若者が歴史や風景を自分ごととして捉える入口が広がる。応募作品には、地元大学生や移住者の姿も散見され、彼らが切り取る広川町は、観光パンフレットにはない等身大の魅力に満ちる。防災遺産もまた、レトロな建造物として「エモい」被写体になり得ることを示している。

町おこしの常套手段だった「名所巡り」を、SNSと若者言葉で再発明する試み。それは、地域の深層——歴史、日常、四季——を“共感”という形で新しい世代へと橋渡しする行為だ。編集長が指摘した『広域的な地域愛の醸成』は、湯浅と広川の相互理解を生み、和歌山県南部の魅力を多面的に伝える羽目になる。

あなたの心に響く「エモい瞬間」は、きっとこの町のどこかにある。今週末、特急くろしおに乗って、広川町を訪れてみては。古い記憶と新しい感性が交差するこの場所で、あなただけの一枚を撮って、ハッシュタグで共有しよう。それが、町の未来を、ほのかに照らす一筋の光になるかもしれない。

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