刺し子とボロが紡ぐ 益子の新たな布文化
冬の名残りを告げる風が栃木の丘を渡る頃、陶器の町に異色の輝きが生まれている。
ギャラリー「陶庫」に広がるのは、古布を幾重にも重ねた巨大なレリーフたちだ。赤子のおくるみ、漁師の作業着、農家のつなぎ―400枚以上の廃棄布が刺し子のリズミックな縫い目で結ばれ、空間全体がゆらめく生命体のようである。現代アートイベント「TERAS」の名にふさわしく、ここでは布を「照らす」という行為そのものが芸術化している。
■ 針が紡ぐ時空の交差点
聞けば参加作家たちが集めた布は、平均40年以上の時を経ている。ある作品の主軸を成す漁網は、茨城・大洗で実際に使われていたもので「網の破れを補修しながら展覧会準備をしていたら」と作家の今村志保さんは目尻を下げる。「近所のおばあさんが突然“それ、うちのじいさんの”って泣き出したんです」。修理痕の刺し子技法が、60年前に漁師本人が施したものと瓜二つだったというから驚きだ。
そうした偶発的な物語が、益子ならではの土壌で育つ。町が2025年に策定した歴史文化基本構想では「文化財を器ではない方法で継承する」と明記。陶芸の町の枠を越え、繊維工芸が新たな文化軸として浮上した背景がある。
■ 現代アートが呼び覚ます記憶
展示の核となるコンセプトは「モノ語り」。808個の小布片を縫い合わせたインスタレーション《襤褸絵巻》は、拡大鏡を通すと各パーツに墨書された日付や名前が浮かび上がる仕掛けだ。戦時中の防空ずきん、バブル期のデパート包装布、震災ボランティアの腕章…。
「使われなかった赤ちゃん用の産着ほど、強い物語性を放つことに気付いた」とキュレーターの田島英二郎氏。会期中、地元住民が持ち込む布が日々作品化されるプロセスこそが「生きる民俗資料」なのだと教えてくれた。
■ 陶器と布が奏でる共鳴
興味深いのは、益子焼の破片が随所に織り込まれている点だ。壊れた皿の欠片を刺し子でくるんだオブジェ《甦生》は、どん底に落ちた陶片が布のぬくもりで再び光を取り戻す様を象徴する。古民家の土間に並ぶこの作品群を見ていると、素焼きの器が大切に拭かれるように、布もまた手の温もりで再生する営みなのだと気付かされる。
埋もれていた布文化が息を吹き返すこの現象。実は近隣の綱神社・大倉神社の漆喰壁に麻布が使用されていた事実や、江戸期に木綿栽培が盛んだった歴史がベースにある。アートという形で、土地の記憶が再び脈打ち始めたのだ。
■ 春を待つ街の熱量へ
会場では毎週刺し子ワークショップが開かれ、親子連れから若者まで糸を通す手が絶えない。「陶芸体験との二刀流で益子を楽しめる」と話す大阪からの観光客。終盤の3月11日には総延長2026mの刺し子リレーも計画されている。
冬の間に蓄えた物語が春を待って芽吹くように。土と炎の町の、もう一つの温もりを求めて。あなたも古布が奏でる新たな益子譚を聞きに、この季節だけのTERASの光へと足を運んではいかがだろうか。